コラム 仕組み化(標準化)

AIの前に、業務をそろえる ── パナソニック「アドオン7割削減」の舞台裏

公開日 2026.09.25 執筆:株式会社Nouma
AIの前に、業務をそろえる ── パナソニック「アドオン7割削減」の舞台裏

TL;DR / この記事の要点

パナソニックグループは、国内製造26拠点の基幹システムを「SAP S/4HANA」に統一し、アドオンを7割削減しました。約7年にわたるこのプロジェクトを支えたのは、プロセスマイニングによる「事実」の可視化と、経営を巻き込んだ合意形成です。本記事では、複数の公開情報をもとに取り組みの全体像を整理し、AI活用の前提として標準化をどう進めるべきかを、中堅企業の経営層向けに解説します。

「AIを導入したいが、何から手をつければよいかわからない」。経営の現場で、こうした声を聞く機会が増えています。ツールの選定から始めたくなるところですが、実際に成果を出している企業の取り組みを見ると、その手前に地道な準備が置かれていることがわかります。

そのわかりやすい例が、パナソニックグループの基幹システム刷新です。同グループは、国内製造26拠点の基幹システムを「SAP S/4HANA」に統一し、アドオン(標準機能に追加する独自開発のプログラム)を従来比で7割削減しました。本記事では、パナソニック デジタルの公式事例、各種メディアの報道、登壇内容の記事をもとに、この取り組みを「標準化」と「AI」の2つの視点から読み解きます。

26拠点、約2,800ユーザーの基幹システムを1つのテンプレートに

パナソニックの基幹システム刷新の流れ。個別最適化の課題から、テンプレート構築と段階導入を経て、アドオン7割削減に至った経緯と、26拠点・約2,800ユーザー・約7年の規模を示す図

パナソニックグループの国内製造拠点は、部品表管理や製造管理などの基幹業務に「SAP ECC 6.0」を使ってきました。しかし2025年12月の保守サポート終了が迫るなか、大きな課題を抱えていました。拠点ごとにカスタマイズや独自モジュールの開発が進み、業務がそれぞれ個別に最適化されていたのです。

その結果、法改正やバージョンアップのたびに、拠点ごとの改修が発生します。保守工数が膨らみ、維持費が下がらない構造が固定化していました。

そこでグループのIT事業会社であるパナソニック デジタルが主導し、家電や業務用空調などを生産する国内26拠点、約2,800ユーザーの基幹システムを刷新しました。取り組みの概要は次のとおりです。

  • 2019〜2020年:グループ共通のルールと事業固有の要素を組み合わせた「製造テンプレート」を構築
  • 2021〜2025年:最大7拠点を並行させながら段階的に導入
  • 1拠点あたりの標準工期:7カ月(従来の約半分)
  • 成果:1つのテンプレートで26拠点に対応し、アドオンを7割削減

〈図解挿入ポイント①:プロジェクトの全体像(課題→テンプレート構築→並行導入→成果)〉

「全部そろえる」のではなく「そろえる範囲を決める」

標準化の二層構造。土台の共通テンプレートでは調達・経理など法規制が関わる業務を徹底的に標準化し、その上に製品の競争力に直結する事業固有の機能を組み込む構造を示す図

この事例で最も参考になるのは、標準化の線引きの仕方です。

パナソニック デジタルは、パッケージの標準機能に業務を合わせる「Fit to Standard」の考え方を採用しました。ただし、すべての業務を一律にそろえたわけではありません。

  • 徹底的に標準化した領域:調達・経理など、法規制が関わり、どの事業でもやることが変わらない業務
  • 個別最適を許容した領域:製品の競争力に直結する、事業固有の業務

標準化というと「現場のやり方をすべて統一する」イメージを持たれがちです。しかし実際には、どこをそろえ、どこを残すのかを決めることが出発点になります。共通部分をテンプレートとして固め、事業固有の機能はそこに組み込む。この構造によって、1つのテンプレートで26拠点に対応できるようになりました。

〈図解挿入ポイント②:共通領域(徹底標準化)と固有領域(個別最適を許容)の二層構造〉

「使われていないカスタマイズ」を事実で示す

「このカスタマイズは絶対に必要」という現場の声を操作ログで検証すると約7割は使われていなかった例と、プロセスマイニングの可視化・改革・標準化・統制の4段階を示す図

とはいえ、現場にとって長年使ってきたやり方を手放すのは簡単ではありません。「この機能がないと業務が回らない」という声は、どの企業でも必ず上がります。

パナソニックが、この壁を越えるために活用したのがプロセスマイニングです。プロセスマイニングとは、業務システムに残る操作ログ(イベントログ)を分析し、業務が実際にどう流れているかを可視化する手法です。同グループはCelonis社のツールを使い、システム移行時の可視化から、プロセスの改革、標準化、統制へと段階的に活用を広げてきました。

2022年の報道では、その分析結果の一端が紹介されています。

  • ある事業会社では、受注から入金までのプロセスが、ユーザー82人の間で3万パターン以上に分かれていた
  • 別の事業会社では、年間22万件以上のオーダーキャンセルのうち、**約70%**がオペレーターの手作業で処理されていた
  • 約700あったアドオンのうち、**約80%**が削減・共通化できると判明した

さらに、パナソニック デジタル代表取締役 社長執行役員の阿部裕氏は、2026年のCelonisの年次カンファレンスで次のようなエピソードを紹介しています。あるプロジェクトで「カスタマイズが絶対に必要」と言われた業務をプロセスマイニングで調べたところ、7割ほどは使われていなかったというのです。

「必要だ」という主張に対して、IT部門が「不要だ」と反論するだけでは、議論は平行線になりがちです。ログという事実を共通の土台にすることで、感覚ではなくデータで判断できるようになります。

〈図解挿入ポイント③:「声」ではなく「ログ」で判断する ── プロセスマイニングの4段階(可視化→改革→標準化→統制)〉

標準化を動かしたのは経営の関与

事実を示すだけでは、組織は動きません。パナソニックの事例では、合意形成に多くの時間と手間がかけられています。

  • 経理・製造・調達の責任者と約1年かけて、導入の効果とメリットを議論
  • 各事業会社の経営幹部をプロセスオーナーに任命
  • 標準化委員会を立ち上げ、全体最適の観点で判断
  • 変化の大きい事業会社には、現場レベルで数十回の説明・検討を実施
  • 別の拠点での成功事例を共有し、「標準機能+運用の見直し」で業務効率を保てることを示す

IT Leadersの記事によると、プロジェクトの転機は3年目の役員合宿でした。役員から「標準化をもっと徹底的にやれ」という発信があり、それを境に、IT部門が現場の要望をすべて受け入れてカスタマイズが積み上がる構図が変わっていったといいます。阿部氏はこの考え方を「DXではなくXD」と表現しています。変革(X)が先で、デジタル(D)は後、という意味です。

標準化は、IT部門だけで進められるテーマではありません。「何をそろえるか」を決める権限を持つ経営層が当事者になることが、推進力の源になっていることがわかります。

標準化の先にある、データ活用とAI

業務の可視化、プロセスの標準化、データの標準化を順に積み上げることで、AIに正確な前提情報を渡せるようになり、AI活用につながる流れを階段で示す図

では、この標準化はAI活用とどうつながるのでしょうか。

パナソニック デジタルは、今回の刷新の成果として、拠点を横断したデータの標準化を挙げています。全拠点のデータを同じ基準で分析・比較できるようになったことで、AI活用にも展開しやすくなるとしています。

IT Leadersの記事でも、業務システムへのAIエージェントの実装が現実味を帯びるなかで、AIに何を任せられるかを見極める前提として、プロセスとデータの可視化は避けて通れないテーマだと指摘されています。

AIは、与えられたデータと手順をもとに判断し、作業します。同じ「受注処理」が拠点ごとに異なる手順で行われ、データの定義もばらばらであれば、AIは何を正解として学び、どの手順に従えばよいのかがわかりません。業務プロセスとデータの形がそろっていることは、AIに正確な前提情報(コンテキスト)を渡すための条件の1つといえます。

実際、パナソニックグループ全体の変革プログラム「PX(Panasonic Transformation)」では、基幹システムと連携したSCM基盤の整備や、社内向け生成AIサービス「PX-AI」の展開(約9,000人が利用)が並行して進められています。業務とデータの標準化と、AI活用が、同じ変革の中に位置づけられているのです。

〈図解挿入ポイント④:標準化からAI活用までの階段(業務の可視化→プロセスの標準化→データの標準化→AI活用)〉

中堅企業が持ち帰れる4つのポイント

中堅企業が持ち帰れる4つのポイント。実態を把握する、そろえる範囲と残す範囲を決める、経営層がオーナーになる、標準化をAI導入の準備として位置づける、を示す図

パナソニックの取り組みは、26拠点・約7年という大規模なものです。しかし、その考え方は企業規模を問わず応用できます。中堅企業がAI活用を見据えて標準化に取り組む際のポイントを、4つに整理します。

1. 「やっているつもり」ではなく、実態を把握する プロセスマイニングのような専用ツールがなくても、業務の棚卸しや、システムの利用状況の確認から始められます。「この業務は担当者によって手順が違う」「この機能は誰も使っていない」といった実態を把握することが第一歩です。

2. そろえる範囲と、残す範囲を決める すべてを統一しようとすると、現場の反発を招き、競争力の源泉まで失いかねません。法規制が関わる業務や、どの部署でもやることが同じ業務から優先してそろえ、自社の強みに直結する業務は残す。この線引きが、標準化の設計図になります。

3. 経営層が「オーナー」になる 標準化には、部署間の利害調整が必ず伴います。現場の要望を1つずつ受け入れるのではなく、全体最適の観点で判断できる立場の人が意思決定に関わることが欠かせません。

4. 標準化を「AI導入の準備」として位置づける 標準化は、それ自体が業務効率化や属人化の解消につながります。そのうえで、そろった業務プロセスとデータは、AIに業務を任せるための土台にもなります。ツール選定の前に「AIに何を任せるために、何をそろえる必要があるか」を考えることで、投資の順番が明確になります。

〈図解挿入ポイント⑤:中堅企業が持ち帰れる4つのポイント〉

まとめ

パナソニックの「アドオン7割削減」は、システムの入れ替えだけで生まれた成果ではありません。ログで実態を明らかにし、そろえる範囲を見極め、経営が当事者となって合意を積み重ねた結果です。

AIの活用が進むほど、その成果は「AIに渡す業務とデータがどれだけ整っているか」に左右されるようになります。AI導入を検討する際には、ツールと並行して、自社の業務がどこまでそろっているかを見直すことをおすすめします。


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